高級感のある高速バス登場

東京大阪間で開業、1泊2万円の“高速バスホテル”体験ルポ〈AERA〉
dot. 3月23日 11時30分
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ドリームスリーパーIIスーペリアクラスは、東京(池袋駅西口)と大阪(なんば、両備バス門真車庫)間を走行(撮影/写真部・大野洋介)
 安い移動手段として利用される高速バス。乗り換え不要で夜間移動できる一方、窮屈で快眠できない点も。そんな中、業界初「完全個室」バスが誕生した。他人の視線から解放されそうだ。

 学生時代、一人旅にハマっていた。移動はもっぱら電車だったが、片道が2万円以上かかる移動の際に割安の高速バスを選んだことがある。道中、前の座席の中年女性が無遠慮にシートを倒してきた。「もう少し戻してくれませんか」と訴えたものの無視され、足が痛く窮屈な時間を強いられた。それ以来、高速バスが苦手に。ところがそんな記者でも久しぶりに乗りたくなるような高速バスが1月に現れた。「業界初の全室扉付き完全個室」が謳い文句の「ドリームスリーパーIIスーペリアクラス東京・大阪号」だ。

 もともと高速バスの路線は、1964年に名神高速道路網が開通してから発展してきたという。利用者は増加傾向にあり、2013年度は1億986万人(国土交通省調べ)。一方、近年は関越道のツアーバス事故(12年)や軽井沢スキーバス事故(16年)など、死傷者が出る悲惨な事故も相次いでいる。そんな中で誕生したドリームスリーパーIIには「バス業界のイメージを一新したい」という作り手の思いも込められているという。

●料金は片道2万円

 車両開発を監修したのは両備バスを傘下に持つ両備ホールディングス(岡山市)。広報の山木慶子さんは、「このバスは完成までにおよそ2年の歳月と、約1億円のコストを費やした」と説明する。15年に大阪─東京間の新規運行を検討する際、別区間で業務提携している関東バス(東京都中野区)に相談を持ちかけ、関東バスが賛同して購入。2社の共同運行でスタートしたという。

 料金は東京─大阪間で片道2万円。新幹線の料金(約1万5千円)よりも少々高めの設定だ。では乗り心地はどうか。実際に東京─大阪間で格安高速バスとドリームスリーパーIIの両者を乗り比べてみた。

 行きは23時発、4列シートで料金はなんと1700円という高速バス。全部で40ほどの座席は満席で半数以上は20代とおぼしき女性だ。座席は幅約40センチで前座席との間隔は約60センチ。身動きはほとんど取れない。トイレ無しの車両で、道中のサービスエリアに0時、2時半、5時半の計3回も立ち寄る。その度に起きてしまい、快眠とはほど遠かった。
 早朝に大阪・梅田駅に到着。乗客の関西在住の女子大生2人組に話を聞くと、

「ディズニーランドへ遊びに行ってきました。安いから往復で高速バス。慣れちゃった」

 若くて体力がある人ならともかく、年配者や体格がいい人に4列シートは厳しい。

●部屋の広さは1畳弱

 さて復路は、本命のドリームスリーパーIIを予約した。発着場は大阪駅から電車でおよそ30分の門真市駅近くの両備バス門真車庫。専用待合室があり、靴を脱いでゆっくりくつろげる。早くもリッチな気分。門真からの乗客は記者を含めて3人。出発時、乗務員2人が深々と頭を下げて迎えに現れ、何だかサービスもすごそうな予感がする。

 車内は土足禁止。靴を脱いで、用意された専用スリッパに履き替える。中に進むと、ホテルのような内装で思わず「わぁ!」と感嘆の声が出てしまった。各部屋は扉とパーテーションで仕切られ、中に入ってドアを閉めれば、完全な個室状態だ。

 部屋は全11室で、広さは1畳弱。自動リクライニングシートや色々なアメニティーもある。大きな窓ガラス越しに見える夜景も一人占めだ。間もなくノック音がし、乗務員が挨拶に。片ひざ立ちでおしぼりを手渡しされ、恐縮してしまった。
 室内を見回していると、シートの上に「小型カメラ」を見つけた。乗客が立ち上がっている時に、運転席のモニターから後頭部が確認できるという。カメラに映る位置に赤いランプも見つけたが、ドアが開いていると点灯する仕組みで、プライバシーを守りつつ、乗客の安全にも気を配っていた。

●室内で着替えも可能

 さて、一日中取材で歩き回ってむくんだ足にスキニーパンツはキツイ……。落ち着いたところでスウェットパンツに穿き替えることにした。着替えてリラックスできるのが個室の醍醐味だ。ただ着替える際は小型カメラに要注意。特に女性の場合、うっかり立ったまま豪快に着替えるのは避けたほうがいい。

 21時50分に発車後、大阪・なんばの停留場を経て東京へと直行。その間、なんと静かなプライベート空間だったことか。かつて、車内に響く大きないびきや、隣人のイヤホンから漏れる音楽、携帯電話のブルーライト、食べ物のニオイや体臭などなど、気になってイライラしたことがあった。他人の見たくない寝顔を見たことも。でも今回は他人の気配を一切感じることもなく、自分の寝顔も見られることなく過ごすことができた。
 翌朝7時前に目的地の東京・池袋駅に到着。「最終的には乗客は6人」との話を、到着後すぐに降車した別の乗客が教えてくれた。通常とは逆で、同乗する乗客同士が顔を合わせることのほうが難しそうだ。

 この便に乗っていた大阪府門真市在住の歯科医の男性(46)は、ニュースでこのバスの存在を知ったという。感想は「思ったよりよかった」。東京在住の会社員男性(26)は、シートベルトの安全性を考慮して140度までは倒れる背もたれについて「もっと倒れたらよかったかな」と話していた。

●採用でも効果を期待

 このバスを両備ホールディングスと共同で運行する関東バスは、都内では「規模の小さい」バス専業の会社。近年、高速バス利用者数が横ばいの中、業界の活性化と、従業員のモチベーションアップを願って高額のドリームスリーパー〓を購入したという。採算を考慮すると、毎日平均8割の乗車数が当面の目標だ。

 高速バスは季節や曜日によって利用者数が変動する。現在の課題は平日の乗車率。関東バス経営管理室室長の久永和彦さんは「2万円の価値があると思っていただけるよう、ハード面だけではなくソフト面のサービスに関してもお客様のご意見を聞いていきたいです。売り上げとは別ですが、『ドリームスリーパー〓がある関東バスに入社したい』というドライバー希望者が出てきてくれたらうれしいですね」とも話していた。

 バス会社の新たな挑戦は始まったばかり。まずは乗車してもらい、次にリピーターになってもらうという二つの山を越えなければならないが、車内の乗客同士が出発から到着まで視線の干渉もなく、気兼ねなく過ごせる「完全個室型」というスタイルには大きな魅力がある。このサービス、世間に広がるか──。今度はアナタ自身が試してみてはいかが。

JR高速バス 仙台新宿号
https://youtu.be/lInEnmv1hCg

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