金載圭(キム・ジェギュ)が「自分が大統領を殺した犯人」だと特定されず、暗殺を完全犯罪にする、あるいは別の勢力のせいにすることは、宮井洞(クンイドン)という中央情報部(KCIA)の「密室」で自ら引き金を引いてしまった時点で、極めて困難でした。

もし彼が逮捕を免れ、事件の主導権を握り続ける方法があったとすれば、歴史的なif(仮定)として以下の3つのシナリオが考えられます。

1. 自らは手を下さず「第三者のテロ」に見せかける

金載圭が最も犯人と疑われない方法は、「大統領の宮井洞への行幸自体を阻止するか、移動中の外の路上で別の集団に襲撃させる」ことでした。

北朝鮮の仕業に見せかける: 当時、南北緊張状態が続いていたため、大統領の車列を訓練された暗殺部隊(工作員)に模した集団に襲撃させ、相打ちに見せかけて全員を消し去る方法です。

暴動に紛れ込ませる: 当時、釜山や馬山で大規模な民主化デモ(釜馬民主抗争)が起きていたため、現地の視察に赴いた大統領をデモ隊の過激派による暴動に見せかけて暗殺するシナリオです。

結果: これであれば、金載圭は「大統領を守れなかった情報部長」として更迭・問責される可能性はありますが、「国家元首殺害の逆賊」として死刑になることは避けられた可能性があります。

2. 暗殺直後、同行していた「陸軍参謀総長」を即座に監禁・脅迫して抱き込む

事件当日、別室には軍のトップである鄭昇和(チョン・スンファ)陸軍参謀総長が待機していました。金載圭の最大のミスは、大統領を殺したことを鄭参謀総長に隠したまま車に同乗させたことです。

現場で事実を突きつける: 殺害直後、返り血を浴びた状態で鄭参謀総長の前に現れ、「私が大統領と車智澈を誅殺した。国を救うためだ。今すぐ軍を動かして戒厳令を敷き、新政府を作ろう。従わなければお前もここで死ぬ」と、宮井洞の兵力で脅迫・監禁するべきでした。

結果: 参謀総長が恐怖や愛国心からその場で金載圭への協力を誓い、軍を味方につけていれば、軍の施設(陸軍本部)に到着した瞬間に逮捕されることはなく、暫定政権の「権力者」として君臨できた可能性があります。

3. 宮井洞の生存者・目撃者を「その場で全員」完全に処理する

前述の通り、部屋には2人の女性と、大統領秘書室長(金桂元)がいました。

全員の抹殺と死体遺棄: 金載圭が情を捨てて、金桂元秘書室長も含めた部屋の全員をその場で射殺し、KCIAの組織力を使って遺体を跡形もなくセメントで固めるなどして隠滅します。

「大統領の北朝鮮による拉致・失踪」を自作自演する: 大統領らが宮井洞から北朝鮮の工作船などに拉致された、あるいは移動中に消息を絶ったという嘘のシナリオをKCIAトップの権限で発表し、国家規模の捜索を偽装します。

結果: 国家がパニックになる中、情報部長である金載圭が「北朝鮮の脅威」を理由に戒厳令を主導すれば、真相が発覚するまでの時間を稼ぐことができました。

なぜ金載圭はこれらをしなかったのか?

金載圭がこれらの冷徹な手段を取れなかった理由は、彼が「完全犯罪を狙う暗殺者」ではなく、「大統領に忠誠を誓いつつも、絶望して凶行に及んだエリート軍人」だったからです。

彼は朴大統領を父のように慕う一方で、その独裁と車智澈の専横に耐えかねていました。彼の頭の中は「大統領の暴走を止めなければ、韓国という国が滅びる」という歪んだ正義感と興奮で満たされており、犯行を隠蔽して自分が生き残るための緻密な裏工作(アリバイ作りや他者へのなすりつけ)を考える冷静さは、あの夜の彼には残っていませんでした。

もし、この事件の裁判で金載圭が語った「暗殺の本当の理由(弁明)」や、彼を処刑した全斗煥(チョン・ドゥファン)の思惑についてさらに詳しくお知りになりたい場合は、いつでもお尋ねください。

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